豪華、な配役

邦画・洋画などではもはや決まり文句として使用されている宣伝としては『豪華配役』は一体どのくらいの人出演していることで豪華という文字を使用することになるのでしょう。そもそも豪華と称される人の基準はなんなんでしょう、知名度でしょうか、それとも人気でしょうか、もしく実力を兼ね備えている人でしょうかと考えたらキリがありません。そんな謳い文句とも言えるような宣伝を公開前PR活動中にこちらゼロの焦点もまた集客力を考えてか、様々な女優・俳優を集めてきました。そんな21世紀版ともいえるゼロの焦点で見事配役を獲得した人達を見てみると、それとな豪華ともいえるかもしれません。

  • 鵜原禎子:広末涼子
  • 室田佐知子:中谷美紀
  • 田沼久子:木村多江
  • 鵜原憲一:西島秀俊
  • 鵜原宗太郎:杉本哲太
  • 宗太郎の妻:長野里美
  • 鳴海享:崎本大海
  • 本多良雄:野間口徹
  • 金沢警察署の警部:モロ師岡
  • 室田儀作:鹿賀丈史

映画作品のそれも有名作品ともなればそれだけ注目度を集めることになります、それなりに知名度とそして演技というものに定評ある人を起用しなければ作品そのものに傷を付けかねる事態を招くことも考えられます。今のご時勢はインターネットという便利なものがあるのでそれで作品そのもののバロメーターを推し量っている人もいるため、直接的に劇場へと足を運ぼうとしている人の心に歯止めをかけてしまうことも考えられます。劇場作品を作るとなったときもその製作に掛かった予算を回収することを考えると、単純に演技している人が好きだからという目的の人も集めることを意識しているなど、製作陣はそういったことまで考える必要があります。娯楽作品ですが、結局のところが非常にお金の掛かる大層な商売となっているのできちんと利益になるものを選別しないといけない、そう考えると娯楽というのも非常にお金を必要としている、そう思えて仕方ないですね。でもそういうことも込みで考えても、個人的にはこちらの作品に対しては見合うだけの面白さはあった、そう思っています。

私は劇場作品というものはよほど決意して見に行きたいと思ったもの意外は劇場に足を運ぶ事がないので、テレビで放送されて始めて内容を閲覧しました。自分が面白そうと感じたもの意外は基本見ないのですが、『松本清張原作』という文字に惹かれてみることにしました。感想としては配役もストーリーも確かに松本先生独特の世界観となっていたので、終始面白く見ることが出来ました。劇場作品を見たから原作を見ようと思うかもしれないのですが、松本先生の作品を一度見てしまうと物凄いドップリとはまってしまいそうなので手をつけないでいます。そうなると一体何冊買うことになるのかと恐ろしくなってしまうため、映画だけで内容を確認して不足しているところに関しては追々調べるという風にとっています。まぁそれだけこちらの作品に出演している役者の演技に見とれていたということなんですけどね。

女優陣について

この作品においては目下女性目線で物語りは終始繰り広げていきます、そもそも昭和中期の最も日本が混迷期にある時期は女性も社会的に自立できるだけの身分になろうと抗っていた時期を、松本先生が描いた作品がこのゼロの焦点となっています。そんなゼロの焦点でもがきながらも今までの自分と違う明日を手に入れようとして苦しみながらも、前へと進んでいく女性たちが活躍しています。そんな女性像を見事に表現しているのがなんといっても今作品において最も重要な役を演じている『中谷美紀』さんですかね。ここでも少し個人的な主観を入れさせてもらうと、中谷さんを初めて知ったのはテレビドラマ『ケイゾク』で主演をしたときに、子供ながらに凄いなぁと思いながら見ていました。後はかなりコアな番組になってしまうのですが、『愛と青春の宝塚~恋よりも生命よりも~』などが特に印象に残っています。しかし中谷さんはこのゼロの焦点を2009年に公開されてから松本清張先生を原作にしたドラマなどに出演しているのです。やはりこのゼロの焦点における野望に満ちた女性を演じた事が偉い人々の目に留まったからこそ起用されたのかもしれませんね。

そして翻弄されていく人生の中で自分というものをひたすら見出せないでその生涯を閉じた女性を演じた『木村多江』さんの透明感も特に素晴らしいところでした。少しネタバレをすると、木村さん演じる久子とその相手に禎子の夫で西島秀俊さんが演じる憲一との恋物語も非常に哀愁漂うものとなっています。人知れずそんな久子はそんな憲一との同居暮らしをしていく中で突然として憲一が失踪してしまうが、その後憲一が根回ししていた中谷さん演じる佐知子が久子を迎えに来てそのまま室田耐火煉瓦会社に就職が決まることになります。その後二人はかつて、自分たちが隠し通したい過去においての友人だということを思い出すが、そこまでに至る中で佐知子は自らの道の妨げになるモノをすべて排除した状態だった。自分には夢がある、その夢を潰えさせないために久子をその犯人に仕立て上げて殺害しようとするのです。しかし久子はそのことに対して抵抗もするわけでもなく、最後に佐知子だけでも幸せになって欲しいと願いながら自決するのです。このシーンを見たときは胸が打たれました、なんとも物悲しい結末を迎えてしまったんだろうと。佐知子は佐知子でまさかの事態に戸惑うも自分は自分のために生きるとばかりに振舞うが、最終的には事の全てが明るみに出てしまったので佐知子もまた自ら命を絶つことになるのですが。

この作品は確かにフィクションなのかもしれませんが、当時の事を考えると女性の立場というものを見直させるようにもがきながらも歩いていく佐知子の姿は、現代像の女性に何処となく近い物があるかもしれません。それだけ女性として生きていくには苦しかった時代が日本にも確かにあったことの証明なのかもしれません。