いい意味で昔の日本人女性像

日本人女性としてイメージが付いているものを体現しているのはどのようなものか、その答えを出すとしたら個人的には真っ先にこの久子の存在が思い浮かぶようになりました。ゼロの焦点における作中においても中心的人物として動くことになりますが、禎子のように生まれたときから何不自由なく暮らしていたわけでもなく、佐知子のようにすべてを手に入れようとするといった強い願望を持っているわけでもない、ただその時代ごとに翻弄されていた大多数の女性の中の一人として描かれています。まさしく薄幸といったところなのではないでしょうか。終始物語に登場してから最初から最後までどこか憂いている表情を浮かべながら物語に関わってきます。そんな美妙な表情をするにしても木村多恵さんが見事なまでに表している姿を見たときは本当にこの人が凄い人なんだなぁと感心していました。

さて、劇中でそんなちょっと難しい役どころともいえるような久子について話をしていきましょう。

ただひたすらに愛を求めていた

久子というキャラを見ていると非常に切ない気持ちに締め付けられる様な思いに駆られる気分になります。久子も佐知子と同様に売春婦として生計を立てていましたが、佐知子とは全く事情も異なりそう煤しかなかった身の上の境遇だったのです。そんな自分の状況においてもひたすらに悲観することなく生きていけたのも、当時から佐知子という友人が側にいたからこそ生きる意味を持っていられたというのが大きいのでしょう。その後憲一に事なきを得たことで二人は売春婦として道を捨てて、それぞれが進むべき道へと歩もうとして佐知子と久子はそれぞれ自分が売春婦であったということを隠しながら新しい人生を歩み始めようとするのです。

そうして幾年かの時間が流れたある日、久子はふと偶然という悪戯が舞い降りて憲一との再会を果たすことになる。そこから回数を重ねるごとに憲一との逢瀬を楽しむことになるとやがて久子は憲一との同棲生活を送ることになります。そんな暮らしの中で久子は確かに感じていたものとしては、憲一への愛が本物だったのです。過去との邂逅を重ねた瞬間、久子の感情が爆発するまでに時間がかかる事はありませんでした。

しかも憲一の計らいによって自分の新しい就職先として大手の受付譲として働くことが出来る環境まで手に入れることが出来た、それだけで久子は非常に満たされた気持ちになっていきます。しかしこの時点で久子はまだ知らなかったのです、自分が愛し・愛されていたと思っていた憲一が既に死亡しているという事実に・

最後は自らを死に追いやって

その後佐知子が昔自分に親切にしてくれた友人である娼婦だということを知って喜びを表に出しながら、佐知子の運転する車で楽しそうに談笑していました。しかしそんな車内において佐知子が突如として告げた言葉、騙されていたという言葉に久子は動揺を隠せなかった。その後車の調子が悪かったこともあってボンネットを確認しつつ点検をしている最中にも昔の話、そして佐知子が憲一を殺したという事実を聞かされたことで悲しみを露にする久子がそこにはいたのです。この時点で久子の感情はまさしく本物であり、純粋に憲一と言う男性を愛していたことを暗に証明することになったのです。

そんな久子の感情は憲一に昔助けてもらった時から継続していた感情であって、今に始まったものではなかったのです。そんな久子は愛していた憲一が自分を捨てる気だったこと、そしてそんな憲一を殺したのが目の前にいる佐知子ということに慟哭を発していた。そして佐知子が自分を殺す気でいるということに気付くと、抵抗を見せるのかと思いきやそうではなかったのです。久子は愛していた人が既にこの世にいないという事実に絶望しながら、この世に未練はないと告げたのです。当然そんな言葉を聞くとは予想もしていなかった佐知子を置いて、話を進めていくとそのまま佐知子だけは生きていけばいいと言い残して崖からの投身自殺を行ってしまうのです。

結果として取り残された佐知子としては予定通りだったが、自分から死を選ぶとは予想も付かなかったのでしょう。こうした久子の行動によって佐知子の心に癒えることのない傷を負わせることになったが、更にそんな心を突き刺すことになったのは久子の持ち物の中にあった母子手帳の存在だったのです。それは憲一と久子の子供であったことは確かでしょう。きっと憲一との幸せな生活を願いながら新しい人生を生きていける、お腹の子供と共にと明るい未来を思い描いていたのかも知れません。

こうした描写を見たときに、個人的な感想としてはただ純粋に女性としての幸せを手に入れて慎ましやかに暮らしていければよかった、そんな願いを持って久子という女性は生きていこうとしていたのを表現したかったのではないだろうか、そのように思えました。そんな女性としての繊細な心理描写も見事なまでに表現している木村多恵さんの女優としての顔が見事に演じ切っている作品でもあり、登場キャラクターでもあります。